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県外編 その26 救馬渓(南紀熊野ジオパーク内のジオサイト) :和歌山県西牟婁郡上富田町生馬 瀬尾山救馬渓観音内の露頭

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  ここでは、南紀熊野ジオパーク地域に分布する地質体3つのうちの2つ、付加体と前弧海盆堆積体が不整合で接しているのが見られます。また、岩石に円形~楕円形の穴が開くタフォニも見られます。 南紀熊野ジオパーク地域は、古くは海洋プレート上に堆積したものが海洋プレートの動きに伴って移動し、陸地に付加した堆積物によって構成されています。 今から7000万年前~2000万年前の堆積物です。 この付加した堆積物(付加体)がこの地域の土台となっており、四万十帯の 牟婁 付加体と名付けられています。その上には、付加体の上に生じた盆地状の凹みの部分(前弧海盆)に堆積した前弧海盆堆積体が載ります。今から 1800万年前~1500万年前の堆積物です。 この堆積体をここでは田辺層群と呼びます。牟婁付加体を構成する堆積物が海洋で堆積し、そして陸地に付加し、変形をしました。その後、その付加体の上に前弧海盆堆積体(田辺層群)が形成されたため、付加体を構成する堆積物と前弧海盆堆積体を構成する堆積物は、連続した堆積ではありません。2つの堆積物の間には、大きな時間的ギャップがあります。そのような不連続の地層の重なりを不整合と呼び、その連続的ではないことを示す境界面を不整合面と呼びます。そのため、不整合面が見られると、上下の地層の間に大きな時間的ギャップがあることがわかります。その時間的なギャップを示す1つの証拠として、下の堆積物(付加体)が削られて生じた礫が、上の堆積物(前弧海盆堆積物)の基底部(不整合面のすぐ上位)に入っています。その礫のことを基底礫と呼び、この露頭でも見られます。 この露頭では、前弧海盆堆積体である田辺層群の表面に円形~楕円形の穴が多く開いています。この穴をタフォニと言い、イタリア語です。タフォニは、塩類(塩化物や硫酸塩など)による風化だと考えられています。そのため、海岸付近や乾燥地帯で起こることが多いです。メカニズムは以下のようです。海岸沿いでは海水の飛沫が岩石の間に浸み込み、内陸では塩類を含む地下水が岩石の間に浸み込みます。岩石の表面から塩類を含む水分が蒸発する際に、水に溶けていた塩類が結晶化し、その結晶が成長します。その成長する過程で、岩石を構成している粒子が引き離され、岩石がもろくなります。これが繰り返されることで、蜂の巣状や巣穴のような形状の穴が形成されるのです。 ...

県外編 その25 橋杭岩(南紀熊野ジオパーク内のジオサイト) :和歌山県東牟婁郡串本町鬮野川(くじのかわ)(道の駅「くしもと橋杭岩」が併設)

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  串本町の海岸線から海に向かって、岩が橋脚のように直線に並んでいます。南北に約850mにわたって見られます。前弧海盆堆積体である熊野層群に流紋岩質のマグマが板状に貫入し、その後海底の隆起により熊野層群が浸食され、より硬い部分である貫入岩が残ったものです。貫入岩は硬くて浸食には強いのですが、くずれる部分もあり、橋脚が連続的に真っすぐ並ぶように残ったのです。 南紀熊野ジオパークの地域は、主に3つの地質体からなっています。1つは、海洋プレートによって運ばれた海の堆積物が陸地に付加してできた付加体(地層名としては牟婁層群と名付けられています)と呼ばれるものです。今から7000万年前~2000万年前の堆積物です。もう1つは、1800万年前~1500万年前に浅い海(前弧海盆)で堆積した前弧海盆堆積体と呼ばれるもので、ここでは海岸で見られる黒っぽい岩(泥岩など)です。前弧海盆は陸地に付加した堆積物(付加体)の上に生じた盆地状の凹みで、そこに堆積したものが前弧海盆堆積体で、この地域では熊野層群と呼ばれています。最後の1つは、1500万年前~1400万年前に起こった火山活動に伴って形成された火成岩体です。橋杭岩はこれにあたります。 写真は五種類あります。上の写真は橋杭岩をパノラマで撮ったものです。尖った岩が直線上に並んでいるのがわかります。中上と真中の写真は橋杭岩から少し離れて、また中下と下の写真は少し近づいて撮ったものです。中下と下の写真には、橋杭岩の手前に石が多く見られますが、すべて橋杭岩と同じ岩質の石であり、橋杭岩の崩れた石が津波に運ばれて広がっていると解釈されています。中上と真中、中下、下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の白丸や黒丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)

県外編 その24 無戸室浅間神社(むつむろせんげんじんじゃ)内の船津胎内樹型(富士山世界遺産構成資産の一つ) :山梨県富士河口湖町船津

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  船津胎内樹型は、富士山世界遺産構成資産の一つで、溶岩樹型と呼ばれるものです。溶岩が森林に流れ込んだ際、樹木を包み込んで、焼失させます。そのため、溶岩は内部に樹木の形の穴を残したまま冷え固まります。その結果できた溶岩中の穴が溶岩樹型です。胎内樹型とは溶岩樹型で形成された穴が人の胎内に似ているということでつけられた名称で、信仰の対象にもなったようです。 船津胎内樹型は、倒れていた樹木が溶岩に包み込まれたり、溶岩によって樹木が押し倒され包み込まれたりして、その結果いくつもの穴が組み合わさってできた溶岩樹型です。入ることができる穴は全長が約68mで、胎内巡りということで穴を通ることができます。穴の入口には無戸室浅間神社が建立されていて、拝殿の後ろから穴に入れます。 写真は五種類ありますが、上の写真は無戸室浅間神社を少し遠方から撮ったもので、神社の拝殿後ろの胎内樹型入口を撮ったものが中上の写真です。中、中下、下の写真は、溶岩樹型の内部を撮ったもので、中下の写真は溶岩の壁です。左に写っているスケールは約15cmです。すべての写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の黒丸や白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)