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県内美濃地方編 その63 関市・郡上市周辺9 高鷲町鷲見の安山岩質火山角礫岩 :郡上市高鷲町鷲見(県道452号沿い)

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    烏帽子・鷲ヶ岳火山は、郡上市と高山市の境界にまたがり、南北約33km、東西約18kmの範囲に広がる火山体ですが、多くの谷により開析されていて、本来の火山地形はほとんど残されてはいません。その堆積物は、高鷲町の鷲見川上流の道路沿いで見られます。高鷲町鷲見田代の県道452号と県道321号との交差点から、452号の方へ(東へ)4 . 9kmほど進んだ右側(南側)に安山岩質の火砕流堆積物と思われる岩石が露出しています。場所的には、高山市との境界から300 m 弱手前(西)の県道452号沿いです。 ここには火山角礫岩という安山岩の岩塊が多く入った岩石が露出しています。岩塊は多量の斜長石と大きな角閃石を含む安山岩質溶岩からなり、岩塊以外の基質部も良く似た岩質・岩相をしています。岩塊は50 cm 以上の径をもつものもあります。 写真が四種類ありますが、上の写真は露頭を北からパノラマで撮ったもので、中上の写真は上の写真の中央部を撮ったものです。中央左側に写っているスケールの長さは1mです。中下の写真は、近づいて同じく北から撮ったものです。岩塊以外の基質部を接写したのが下の写真です。中上と中下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下部にある白丸または黒丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その62 関市・郡上市周辺8 郡上市白鳥町の阿弥陀ヶ滝(安山岩質溶岩、安山岩質火山砕屑岩) :郡上市白鳥町前谷阿弥陀ヶ滝

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 長良川鉄道終点の北濃駅を出て、国道156号線を約1 . 3km北進し、白鳥町前谷で県道314号線を西進して3 . 3 km ほど進んだところに、阿弥陀ヶ滝の駐車場があります。そこから、道案内表示板にしたがって10分ほど山道を歩くと阿弥陀ヶ滝が見えてきます。阿弥陀ヶ滝は大日ヶ岳の一部を構成する溶岩層にかかった落差約60mの滝で、滝の下部には約5mの厚さの火山砕屑岩(かざんさいせつがん)が溶岩層にはさまれています。火山砕屑岩は、溶岩とは違って、火山から噴出された火山灰や火山岩塊などが堆積してできた岩石です。そのため溶岩と比べると堅固ではなく、侵食されやすい場合が多いです。一般に均質の岩質からなっている場合は、水の流れによって同じような傾斜をもつ谷がつくられます。しかし、火山砕屑岩の上に溶岩が載っていると、上部の溶岩は硬くて侵食されにくいですが、下部の火山砕屑岩は侵食されやすいため、境界付近で急崖を形成することが多くなります。落差のある阿弥陀ヶ滝もこのような理由から急崖を形成しています。溶岩は輝石安山岩で構成され、溶岩層の形成年代は約100万年前(K-Ar年代)のようです。 写真が四種類ありますが、上の写真は阿弥陀ヶ滝を東側からパノラマで撮ったもので、中上の写真は滝の部分を縦長で撮ったものです。中下の写真は、滝の左側の柱状節理を撮りました。下の写真は安山岩質溶岩を接写したもので、写真の縦は3cmです。中上と中下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下部にある黒丸や白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その61 関市・郡上市周辺7 高鷲町大鷲の阿多岐層 :郡上市高鷲町大鷲向鷲見と恵里美の間

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    阿多岐層は、白鳥町阿多岐から高鷲町にかけての地域、白鳥町北部地域、八幡町北部地域などに分布しています。東西約9km、南北約15kmの範囲に存在したと考えられる湖に堆積した地層です。烏帽子岳火山岩類や大日ヶ岳火山岩類によって覆われていて、新第三紀の鮮新世から第四紀の更新世にかけての500万年~200万年前に形成されたと考えられています。下部層と上部層に分けられており、下部層は3~4mの厚さで、おもに、凝灰岩や凝灰質砂岩・泥岩からなり、珪藻土や褐炭の薄層を挟むようです。上部層は約40mの厚さで、おもに安山岩礫を含む礫岩と砂岩との互層からなるようです。 郡上市高鷲町の高鷲小学校の北に「高鷲小学校前」交差点がありますが、高鷲IC方面の南へ進み、約1 . 1kmの左側(道路が左に曲がっている途中)に露頭があります。また、さらに700mほど進み、高鷲IC方面と鷲ヶ岳スキー場方面に分かれる道のすぐ左側にも露頭があります。両方とも阿多岐層の露頭です。前者の露頭は、安山岩礫を含む礫岩の上に砂岩層が載っています。後者の露頭は、砂岩とシルト岩(泥岩)の互層が見られます。 写真が五種類ありますが、上の写真は 「高鷲小学校前」交差点を1 . 1kmほど南進した左側の露頭( 阿多岐層)を北西からパノラマで撮ったもので、中上の写真は上の写真の中央部を西から撮ったものです。真中の写真は同じ露頭の下部の礫岩層を近づいて撮ったもので、スケールの長さは20cmです。中下の写真は 「高鷲小学校前」交差点を1 . 8kmほど南進した高鷲ICの北の露頭を 南西からパノラマで撮ったもので、同じ露頭を西から撮ったものが下の写真です。中上と下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下部にある白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その60 関市・郡上市周辺6 白鳥町阿多岐の阿多岐層 :郡上市白鳥町阿多岐

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郡上市白鳥町の市街地から東南東約6kmのところに阿多岐地区があり、その山手で湖に堆積したと考えられる阿多岐層が露出しています。道の駅白尾ふれあいパークから県道82号を東へ、そして県道316号を阿多岐ダム方向へ進みます。トンネル2つ(中西トンネル、阿多岐トンネル)を越え、道の駅から約3 . 9kmのところに三叉路があります。そこを南東(右)へ進み、板倉川を渡ってそのまま350mほど進みます。突き当りを右(横手峠へ向かう方向)へ曲がり、100m強進んだ左手に建設会社があります。その裏手に阿多岐層が露出しています。 阿多岐層は、白鳥町阿多岐から高鷲町にかけての地域、白鳥町北部地域、八幡町北部地域などに分布し、東西約9km、南北約15kmの範囲に存在したと考えられる湖に堆積した地層です。烏帽子岳火山岩類や大日ヶ岳火山岩類によって覆われていて、新第三紀の鮮新世から第四紀の更新世にかけての500万年~200万年前にかけて形成されたと考えられています。おもに、凝灰岩、凝灰質砂岩、凝灰質泥岩からなり、場所によって珪藻土をともなっています。 写真が四種類ありますが、上の写真は阿多岐層を北からパノラマで撮ったもので、中上の写真は上の写真の中央左側を縦長で撮ったものです。中上の写真の右に写っているスケールの長さは1mです。中下の写真は同じ露頭を北西から撮ったものです。3枚の写真に写っている白っぽい地層が珪藻土です。珪藻土は珪藻化石が主に積もった堆積物で、珪藻は珪酸( SiO 2 )成分の殻をもつ 0.001 ~ 0.2 mmほどの単細胞藻類です。珪酸の殻をもつために化石になりやすいのです。下の写真は同じ露頭の下部を北から撮ったもので、黄色のスケールは20cmの長さです。中下と下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下部にある●を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その59 関市・郡上市周辺5 郡上市和良町鹿倉の濃飛流紋岩の溶結凝灰岩 :郡上市和良町鹿倉オンボ谷沿い

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    濃飛流紋岩は岐阜県の面積の約1/4を占めるといった非常に広い範囲に分布します。濃飛流紋岩の大部分は大規模な火砕流によってもたらされた堆積物で、火山灰や鉱物粒、軽石などが自分の重さや保持された熱によって、互いに密着してくっつき、溶結凝灰岩と呼ばれる堅固な岩石からなっています。濃飛流紋岩中の溶結凝灰岩は、基本的にはほぼ均質な非常に厚い板状の堆積物を形成し、そのような単位を火山灰流シートと呼んでいます。濃飛流紋岩は10枚ほどの火山灰流シートに区分されています。その火山灰流シートの中で、濃飛流紋岩の岩体の中央部に広く分布するのが高樽火山灰流シートで、層厚は約700mです。濃飛流紋岩中で最大規模が下呂火山灰流シートですが、それについで規模の大きな火山灰流シートです。2mmほどの径をもつ石英の粒を大量に含み、異なった場所であっても同じような見かけをしています。 郡上市和良町鹿倉の西北西には、高樽火山灰流シートの溶結凝灰岩が露出し、柱状節理が見られます。柱状節理は、火山噴出物の冷却による体積収縮にともなってできた割れ目で、ここでは径1mにも達するような柱が束ねられた状態で露出しています。場所は、和良町鹿倉から県道323号を西~北西へ進むと、オンボ谷と支流の御坊川の合流点の手前に大月橋がありますが、その橋を渡ったすぐの露頭です。 写真が四種類ありますが、上の写真は濃飛流紋岩の露頭を北東からパノラマで撮ったもので、中上の写真は上の写真の中央右側を撮ったものです。中下の写真は少し離れて、北東から道路の下の溶結凝灰岩を撮ったものです。いずれの写真も柱状節理がよくわかります。下の写真は溶結凝灰岩を接写したもので、写真の横幅は8cmです。この溶結凝灰岩は高樽火山灰流シートで、写真のように2 mm 前後の石英粒(見かけ上、灰色をした三角や四角の結晶)が点在しています。中上と中下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その58 関市・郡上市周辺4 郡上市西安久田の石灰岩、カルスト地形 :郡上市八幡町西安久田の石灰岩

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石灰岩は、大昔のサンゴ礁が海洋プレートによって運ばれ、日本列島にくっついた(付加した)ものと考えられています。セメント生成のための石灰岩採掘場所や鍾乳洞のような大きな規模の石灰岩岩体から数m規模の石灰岩まで大小の石灰岩が見られます。郡上市八幡町の安久田周辺には、地質図( HP 「ジオランドぎふ」)を見ると東西3km、南北1 . 5kmほどの範囲で石灰岩が分布し、大滝鍾乳洞や縄文鍾乳洞のような観光用鍾乳洞があります。国道156号の八幡町稲成(256号との重複区間)から安久田方面に大規模林道が通っていますが、そこを進み3 . 4kmほど進んだところに西安久田の集落があります。その北側の山腹に木々の中から灰色の石灰岩が柱状に露出しているのが見られます。 石灰岩は酸性の水溶液によって溶けるという特徴をもちます。弱い酸性である雨水でも溶けるため、他の岩石には見られない様子を示します。そのため、石灰岩が作り出す地形は独特なもので、カルスト地形と呼ばれます。雨水などによって溶かされて、残った一部の石灰岩は、地面から柱状に突き出た状態となります。 こ のような柱状に突出した石灰岩を「ピナクル(石灰岩柱)」といいます。 写真が三種類ありますが、上の写真はピナクルが見られる場所を南からパノラマで撮ったもので、真中の写真は上の写真の一部を同じく南から撮ったものです。下の写真は、上の写真を撮った場所から道路沿いに東へ200m強進んだところの北露頭を南東から撮ったものです。白っぽい岩石は石灰岩です。フズリナなども含まれています。真中と下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下部の黒丸または白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その57 関市・郡上市周辺3 郡上市美並町釜ヶ滝のチャート(層状チャート) :郡上市美並町上田釜ヶ滝

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    国道156号線沿いにある郡上市美並町の吉田小学校南の道路を西に進みます。3kmくらい進んだところから釜ヶ滝に進む遊歩道ができています。入口に茶店があり、そこを通り抜けたところから滝への遊歩道が始まります。行者の滝、三の滝、二の滝、一の滝の順に見学することになります。 最初の行者の滝は遊歩道を歩いて1分ほどですが、5分ほどかかる三の滝を越えると、二の滝と一の滝は手すりが付いた階段を通ることになります。二の滝から一の滝に向かうには、つり橋を通ることになります。 一帯は、チャート、砂岩、そして貫入岩である石英斑岩が分布します。4つの滝がかかっている岩石はチャートだと思われます。   チャートは、砂や泥などが届かないような陸地から離れた海底に、ガラス質の殻をもった微生物(放散虫など)が堆積し、固まった岩石です。ガラス質のものがくっつき、固まったものであるため、硬く浸食されにくい岩石です。しかし、ガラスが割れやすいようにもろいです。もろく縦横に割れ目が入っているのです。割れ目が縦横に入っているのは、硬くてもろいものが付加体として陸地にくっつき、プレートの動きにしたがって、外から力を受け続けていることに起因しているのだと考えられます。縦横に割れ目が入っているため、段差ができ、崖になりやすく、そこに水が流れると滝になります。   写真が四種類ありますが、上の写真は釜ヶ滝の三の滝を東から撮ったもので、中上の写真は二の滝を北東上部から撮ったものです。中下の写真は二の滝から一の滝の間に見られる層状チャートを南東から撮りました。下の写真は一の滝を北西から撮ったものです。上と中下、下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、写真の下にある黒丸または白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その56 関市・郡上市周辺2 関市鮎之瀬橋の上流の層状チャートと砂岩泥岩互層 :関市重竹長良川左岸層状チャート、関市池尻長良川右岸砂岩泥岩互層

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関市の小瀬鵜飼は長良川鮎之瀬橋上流で行われる。鮎之瀬橋の上流において、長良川左岸(南側)はごつごつした岩が見られ、一方長良川右岸(北側)は川原が広がり、背の低い岩が点在しています。この地形の違いは、長良川の左岸側には層状チャートが分布し、右岸には砂岩泥岩互層が分布しているためと考えられます。 チャートは、ガラス質の殻をもった放散虫などの微生物からなっていて、硬い岩石です。そのため、層状チャートと砂岩層など(ここでは砂岩泥岩互層)が隣接して分布していると、層状チャートは侵食されにくく、地形は険しくなり、一方砂岩層は侵食されやすく、地形はなだらかになるという違いが出てくる場合があります。 写真が四種類ありますが、上の写真は鮎之瀬橋の東北東600mほど(直線距離)の層状チャートを北からパノラマで撮ったもので、中上の写真は近くにある甌穴を西から撮ったものです。場所は関市重竹の河川施設(重竹逆水樋門)の北西50mほどのところです。中下の写真は、対岸の川原に露出している砂岩泥岩互層を南から撮ったもので、その砂岩泥岩互層を近くから撮ったものが下の写真です。写真の縦は20cmです。砂と泥が混ざったものが流れ込んだ時、水の中では、粒子が粗い砂は下に、その上に粒子の細かい泥が堆積します。下から連続的に砂→泥が堆積し、シャープな面で急に砂が堆積し、また連続的に砂→泥が堆積します。下の写真を見ると、写真の下部に黒っぽい泥岩があり、シャープな境界で灰色の砂岩が分布し、上位へはだんだんと色が黒っぽくなっていて泥岩が堆積しています。つまり、写真の上方が堆積時の上方です。中上と中下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の●を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その55 関市・郡上市周辺1 関市百年公園内の砂岩泥岩互層 :関市小屋名百年公園内遊歩道沿い北露頭

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関市・美濃市・郡上市の川沿いの露頭につきましては、岐阜県の長良川、板取川、津保川沿いの岩石で紹介してきました( 2020 年 8 月 3 日長良川沿いの玄武岩質溶岩~ 2021 年 2 月 4 日津保川沿いの岩石その21)。それら以外紹介できる露頭について、関市・郡上市周辺として何回かに分けて紹介します。 岐阜県博物館がある百年公園内では、遊歩道沿いで美濃帯堆積岩類の砂岩泥岩互層の露頭が見られます。砂岩泥岩互層は、 砂や泥の混じったものが海底の斜面で移動し流れ込む時、粒子が粗い砂は下に、その上に粒子の細かい泥が堆積し、それが何回も繰り返し、固結することによってできたものです。百年公園内の砂岩泥岩互層は、垂直に近く傾いていますが、堆積時は水平に近いはずで、その後の変動で傾いています。堆積当時の上下を判別するのに、砂と泥が混ざったものが流れ込んだ時、水の中では、粒子が粗い砂は下に、その上に粒子の細かい泥が堆積しますので、下から連続的に砂→泥が堆積し、シャープな面で急に砂が堆積し、また連続的に砂→泥が堆積するといったことで、上下を判別します。それからすると、この露頭では左側が堆積当時の下位で、右側が上位であることがわかります。 写真が三種類ありますが、上の写真は砂岩泥岩互層をパノラマで南から撮ったもので、真中の写真は上の写真の中央部分を同様に南から撮ったものです。下の写真は近づいて撮ったもので、いずれの写真も黄色のスケールは約20cmです。下の写真で、出っ張っている層が砂岩層で、出っ張っていない層が泥岩層です。真中と下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の黒丸または白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。  

県内美濃地方編 その54 七宗町・白川町周辺10 下呂市金山町田島の田島火道角礫岩(濃飛流紋岩) :下呂市金山町田島飛騨川左岸河床(七宗ダム下流)

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    美濃地方ではなく飛騨地方に入りますが、濃飛流紋岩の火道の一つと考えられている場所が金山町田島の飛騨川左岸で見られますので紹介します。下呂市指定の天然記念物になっています。白川町から国道41号を北進しますと、しばらくは飛騨川の右岸(西側)を通ることになります。飛騨金山へ至る直前で飛騨川沿いから離れますが、その辺りに七宗ダムがあり、そのダムの堤体から飛騨川の下流に火道角礫岩(田島火道角礫岩と名付けられています)が露出しています。 地下のマグマが地表に噴出するときの道が火道ですが、濃飛流紋岩などの火砕流堆積物の場合、大量の噴出物が火道の上を覆ってしまうため、堆積物によって隠されてしまい、火道を埋めた岩石を見ることはなかなかできません。田島火道角礫岩は、濃飛流紋岩全体の南西部の西縁に位置し、美濃帯堆積岩類との境界付近にいくつかの岩体として分布しています。岩石名としては、大部分が火山角礫岩や火山礫凝灰岩からなっていて、火山活動の出口通路(火道)を埋めたものと考えられています。径1cm以下の細かい礫から径1m以上の巨大な岩塊まで、いろいろな大きさの礫が見られます。それらの礫の間を結晶を多く含む凝灰岩が埋めています。礫の種類は濃飛流紋岩と美濃帯堆積岩類(チャート・砂岩・泥岩など)ですが、濃飛流紋岩の方が大きいです。濃飛流紋岩の溶結凝灰岩の礫は丸みをもっているものが多く、この丸みは勢いよく噴出する火山灰によって磨耗されてできたものと考えられています。 写真が四種類ありますが、上の写真は飛騨川左岸の田島火道角礫岩を南東からパノラマで撮ったもので、中上の写真は上の写真の中央右側を撮ったものです。中下の写真は、入っている礫に近づいて東から撮ったもので、ハンマーがある位置の丸っこい礫は溶結凝灰岩です。下の写真は離れて、道路から西下に向いて撮ったものです。右上に写っているのが七宗ダムの堤体の一部です。中上と中下、下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の白丸または黒丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その53 七宗町・白川町周辺9 白川町上油井の下油井流紋デイサイト質貫入岩 :加茂郡白川町上油井佐見川右岸河床

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   白川町上油井の佐見川沿いには、濃飛流紋岩の一部ではありますが、溶結凝灰岩や花崗斑岩・花崗閃緑斑岩とは異なり、流紋デイサイト質貫入岩と名付けられている岩石が露出しています。JR高山線下油井駅から国道256号を北進し、700mほど進むと飛騨川の支流の佐見川を渡ります。線路も近くを通っており、佐見川に架かるJR高山線鉄橋下の河床に比較的見やすい流紋デイサイト質貫入岩が露出しています。 この岩石は、下油井駅の東あたりを中心にして、南北に約3km、東西に約0 . 5kmの規模で露出しています。この岩石は貫入岩と名付けられていて、また岩体の形は貫入岩のようですが、花崗斑岩・花崗閃緑斑岩のような液体のマグマが他の岩石中に入り込んで冷え固まったという一般的な貫入岩とは違うようです。5mm以上の大きさの結晶や1mm以下の小さな結晶などの様々な大きさの結晶を多く含み、また破片状の結晶を含むのです。つまり、マグマ中の液体状の破片や火山ガス、鉱物の結晶、岩片などがごちゃ混ぜになって激しく噴出し、火砕流によって運ばれ堆積したという火砕流堆積物の特徴をもっているのです。地下のマグマ溜りの中で、マグマに溶け込んでいる揮発成分(おもに水)が気体となって発泡し、火砕流として噴出する直前で固結してしまったのだと考えられています。 写真が五種類ありますが、上の写真は佐見川右岸の流紋デイサイト質貫入岩を北東からパノラマで撮ったもので、上の写真の中央部を撮ったものが中上の写真です。上部に写っている橋脚はJR高山線の橋脚です。真中の写真は河床露頭に近づいて北から撮ったものです。中下の写真は流紋デイサイト質貫入岩を近くから写したもので、写真の縦の長さは約10cmです。下の写真は露頭から離れて北から撮ったものです。中上と下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の黒丸または白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その52 七宗町・白川町周辺8 東白川村神土の濃飛流紋岩の結晶凝灰岩(阿寺層) :加茂郡東白川村神土「東白川小西口」バス停400mほど南の白川左岸河床

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    濃飛流紋岩の大部分は、径数10kmの陥没盆地の中に大規模な火砕流によって厚く堆積したものであるため、火山灰や軽石などが自分の重さや保持された熱によって、互いに密着してくっついてできた溶結凝灰岩からなっています。濃飛流紋岩は、研究によると、中生代の白亜紀後期に6つの時期にわたって活動したと考えられています。1つの活動期には、最初に陥没性の凹地ができ、そこに火山性の砂や泥、凝灰岩など砕屑岩層が堆積し、引き続いてより巨大な陥没盆地の形成とともに激しい火砕流の活動によって、大量の溶結凝灰岩層が形成されました。ここで見られる岩石は、活動期の最初に形成された火山性の砕屑岩層で、阿寺層と名付けられています。主に凹地の周囲にあった火山岩類が削られて運ばれたものからなり、一部に小規模な火山活動により供給された噴出物も含まれています。この河床露頭及び近辺の露頭では、周囲にあった火山岩類を構成していた石英や長石類などの結晶片が主に堆積した結晶凝灰岩が見られます。ただし、結晶凝灰岩と溶結凝灰岩との判別はかなり難しく、溶結しているかどうか、 水域で堆積する際に形成される堆積構造を示すかどうかによって専門的に判別されています。 写真が四種類ありますが、上の写真は「東白川小西口」バス停(そばに新魚戸橋あり)の南400mほどの白川左岸の河床露頭を東からパノラマで撮ったもので、上の写真のハンマー周辺を南東から撮ったものが中上の写真です。中下の写真は、左岸河床露頭の結晶凝灰岩を接写したもので、写真の縦は3 . 5cmです。下の写真は東白川小西口バス停の 300m ほど南から東へ入る道路(山の方へ上がる道路)沿いの東露頭で、北西からパノラマで撮ったものです。同じく結晶凝灰岩の露頭です。中上の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、写真の下の白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。

県内美濃地方編 その51 七宗町・白川町周辺7 白川町三川新田橋北西の濃飛流紋岩の溶結凝灰岩(赤河火山灰流シート) :加茂郡白川町三川新田橋北西の露頭

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    濃飛流紋岩は、岐阜県の面積の約1/4という非常に広い範囲に分布します。濃飛流紋岩の大部分は大規模な火砕流によってもたらされた堆積物で、火山灰や軽石などが自分の重さや保持された熱によって、互いに密着してくっつき、堅固な岩石(溶結凝灰岩)になっています。濃飛流紋岩中の溶結凝灰岩は10枚ほどのほぼ均質な非常に厚い板状の堆積物に区別でき、その一枚の単位を火山灰流シートと呼びます。 白川町三川辺りには赤河火山灰流シートと呼ばれる溶結凝灰岩が分布します。この溶結凝灰岩は、多量の異質岩片(噴出した濃飛流紋岩の基盤となっている岩石(美濃帯堆積岩類など)の破片)を含んでいることを特徴としています。ここでは、溶結凝灰岩に特有な柱状節理が見られます。 写真が四種類ありますが、上の写真は溶結凝灰岩の露頭を東からややパノラマで撮ったもので、上の写真の中央から右側にかけて撮ったものが中上の写真です。中下の写真は、同じ露頭を少し近づいて撮ったものです。下の写真は溶結凝灰岩を接写したもので、写真の縦は3cmです。黒っぽい角ばった岩石片(異質岩片)が入っているのがわかります。中上と中下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の●を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。