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県外編 その25 橋杭岩(南紀熊野ジオパーク内のジオサイト) :和歌山県東牟婁郡串本町鬮野川(くじのかわ)(道の駅「くしもと橋杭岩」が併設)

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  串本町の海岸線から海に向かって、岩が橋脚のように直線に並んでいます。南北に約850mにわたって見られます。前弧海盆堆積体である熊野層群に流紋岩質のマグマが板状に貫入し、その後海底の隆起により熊野層群が浸食され、より硬い部分である貫入岩が残ったものです。貫入岩は硬くて浸食には強いのですが、くずれる部分もあり、橋脚が連続的に真っすぐ並ぶように残ったのです。 南紀熊野ジオパークの地域は、主に3つの地質体からなっています。1つは、海洋プレートによって運ばれた海の堆積物が陸地に付加してできた付加体(地層名としては牟婁層群と名付けられています)と呼ばれるものです。今から7000万年前~2000万年前の堆積物です。もう1つは、1800万年前~1500万年前に浅い海(前弧海盆)で堆積した前弧海盆堆積体と呼ばれるもので、ここでは海岸で見られる黒っぽい岩(泥岩など)です。前弧海盆は陸地に付加した堆積物(付加体)の上に生じた盆地状の凹みで、そこに堆積したものが前弧海盆堆積体で、この地域では熊野層群と呼ばれています。最後の1つは、1500万年前~1400万年前に起こった火山活動に伴って形成された火成岩体です。橋杭岩はこれにあたります。 写真は五種類あります。上の写真は橋杭岩をパノラマで撮ったものです。尖った岩が直線上に並んでいるのがわかります。中上と真中の写真は橋杭岩から少し離れて、また中下と下の写真は少し近づいて撮ったものです。中下と下の写真には、橋杭岩の手前に石が多く見られますが、すべて橋杭岩と同じ岩質の石であり、橋杭岩の崩れた石が津波に運ばれて広がっていると解釈されています。中上と真中、中下、下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の白丸や黒丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)

県外編 その24 無戸室浅間神社(むつむろせんげんじんじゃ)内の船津胎内樹型(富士山世界遺産構成資産の一つ) :山梨県富士河口湖町船津

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  船津胎内樹型は、富士山世界遺産構成資産の一つで、溶岩樹型と呼ばれるものです。溶岩が森林に流れ込んだ際、樹木を包み込んで、焼失させます。そのため、溶岩は内部に樹木の形の穴を残したまま冷え固まります。その結果できた溶岩中の穴が溶岩樹型です。胎内樹型とは溶岩樹型で形成された穴が人の胎内に似ているということでつけられた名称で、信仰の対象にもなったようです。 船津胎内樹型は、倒れていた樹木が溶岩に包み込まれたり、溶岩によって樹木が押し倒され包み込まれたりして、その結果いくつもの穴が組み合わさってできた溶岩樹型です。入ることができる穴は全長が約68mで、胎内巡りということで穴を通ることができます。穴の入口には無戸室浅間神社が建立されていて、拝殿の後ろから穴に入れます。 写真は五種類ありますが、上の写真は無戸室浅間神社を少し遠方から撮ったもので、神社の拝殿後ろの胎内樹型入口を撮ったものが中上の写真です。中、中下、下の写真は、溶岩樹型の内部を撮ったもので、中下の写真は溶岩の壁です。左に写っているスケールは約15cmです。すべての写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の黒丸や白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)

県外編 その23 富士山の宝永火口と宝永山 :静岡県富士山表口登山道富士宮口五合目

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   昨年(令和7年)に行った岐阜県外の地質、地形に関係する観光地を何回かに分けて、紹介します。以前、「県外編その22」まで紹介しましたので、続きとして書いてみます。 東海道新幹線の車窓から富士山を眺めた時、富士山の南東斜面(右側)に大きなくぼみが見えます。このくぼみが宝永火口で、1707年(300年少し前)12月16日に始まった噴火によって形成されたものです。宝永火口は、3つの火口からなっていて、標高の高い順に第一、第二、第三宝永火口と呼ばれ、互いに切り合うように並んでいます。麓や前述した新幹線の車窓からは最も大きな第一火口が目立ちます。第一火口は長径が1300m、短径が1100mあり、山頂火口(長径が800m、短径が650m)より大きいです。第一宝永火口の東側には、赤褐色の岩(「赤岩」と呼ばれる)を載せた山があります。この山は宝永噴火の際に誕生した山で、宝永山と呼ばれます。 この赤岩は硬い地層からできていて、下から突き出たような分布をしています。また、山体の傾斜とは不調和な南西方向に傾斜し、周囲の地層と不整合関係に見えることから、宝永山は宝永噴火の際にマグマの突き上げによって古い地層(古富士火山の一部)が隆起したもの、と解釈されてきました。しかし、最近異なる説が出されています。 宝永山は、宝永噴火の際の堆積物の一部と考えられるというのです。宝永山の山頂近くの赤岩に露出する凝灰角礫岩は、 宝永噴火の噴出物であるスコリア(黒っぽく穴が多くて軽い噴出物)に側方へ移り変わる関係(指交関係)であることがわかり、従来考えられていた不整合は見当たらないようです。また、この 凝灰角礫岩は、高温のため周囲を焼いた火山弾・火山礫を含むとされています。このように新たな説が出され、現在でも宝永噴火について研究が進められているのです。 宝永山が宝永噴火の際に噴出した堆積物の一部であることを述べた最近の論文や要旨には、以下のものがあります。 1707年富士山宝永噴火の火口と推移についての新たな作業仮説 小山真人 日本地球惑星科学連合2019年大会要旨 近接空撮画像と航空レーザー計測点群を用いた富士山1707年宝永噴火の火口近傍堆積物の層序と形成過程 小山真人 富士山学3号 2023年 富士火山,宝永山の形成史 馬場章ほか 火山第67巻 2022年 宝...

一枚の写真から その21 小井土先生のご逝去にさいして

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小井土由光岐阜大学名誉教授が2026年1月14日に亡くなられました。77歳。私の大学時代の恩師で、私の師匠であった方です。豪快で、冷静で、頭の回転が早く、変化に柔軟で、先を読みながら活動をされた方でした。少なくとも私が地学(地質)に興味をもち、学び、小中の教員になってからも関わり続けられたのは、この方の影響です。 上の写真は2002年10月のものなので、今から24年前です。市民対象の地質見学会で、小井土先生が現地で根尾谷断層の解説をされているときの写真です。写真の右端に写っているのは根尾谷断層観察館です。我々は「岐阜の地学を学ぶ会」と称して、岐阜県の身近な地質を普及する目的で、一般の方対象に年2回ずつ地学講演会と地質見学会を行っていました。小中高の教員、及び教員経験者数名が中心になって行っていましたが、活動を進めることができたのも小井土先生の後ろ盾があったからでした。先生も可能な限り参加をしてくださいました。誰に対しても気取ることなく、フラットに接する方でした。 出会いは、岐阜大学の1年次。大学受験は地元の岐阜大学教育学部1本にしぼり、高校時代に興味があった数学科が第一志望。第二志望は、高校時代が理数科だったということもあり、理科。その中でも、高校時代の地学が面白かったこともあって地学。でも結局のところ、第一志望の数学科には入れず、地学科へ。入学後、2年上の先輩に影響を受け、1人で先輩達の部屋を訪ねて地学の話を聞いたり、露頭を見に連れて行ってもらったり、岩石の薄片作りをしたり、地質の本を図書館へ行って探したりして、1人地質サークルのような放課後の生活でした。3年の先輩の誘いで地団研(全国組織の地学団体研究会)にも入会しました。そして、1年次の夏休みには小井土先生が中心になっている濃飛団研に全日程参加。ここから、地質がライフワークになったと思っています。 学生からは厳しいと恐れられていた小井土先生。役職的には助手でしたが、若手の大学教員として影響力大。一見、強引で、最初は学生を下に見ているような物言いもありましたが、前向きな者には面倒見のよい先生、学生とともに気軽に活動してくれる先生、学問に対してはシビアで厳しい方でした。一緒に活動してもらったことで印象に残っているのは、2年次に有志で当時出版されたばかりの「みんなで地学を-地団研30年のあゆみ」の読み合う...

一枚の写真から その20 長良川鉄道と露頭

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  上の写真は、岐阜県郡上市美並町赤池の長良川左岸で露頭(チャート層)と長良川鉄道を撮ったものです。この写真は、第 12 回惑星地球フォトコンテスト( 2021 年)のジオ鉄賞に選ばれました。「古(いにしえ)の海洋堆積物から見上げて」とタイトルをつけてみました。長良川鉄道は、盲腸線と呼ばれる始点もしくは終点が他の路線に接続していない行き止まりの路線ですが、主に長良川沿いを通り、自然の素晴らしい景観の中を進む鉄道です。そこで、長良川鉄道と露頭を結びつけた写真が賞に選ばれました。 日本地質学会のホームページに掲載するために、撮影者から写真の説明をしてほしいということで、 「長良川鉄道は下りの場合、湯の洞温泉口駅〜徳永駅の約 50 分間は長良川沿いを通り、露頭を見ながら、地質に関わりながらの旅となります。付加体堆積物である美濃帯堆積岩類の中を主に走り、写真の場所はメランジュからなり、チャート層と泥岩基質の混在岩が見られます。すみきった快晴の中、はるか昔に堆積した海洋堆積物から列車を見上げているという時間のひとこまを切り取ってみました。」 としました。  長良川鉄道全線 72.1 km中、約 50 kmにわたって長良川沿い(湯の洞温泉口駅~北濃駅 49.8km )を通っています。全体の約 70 %にあたります。また、6箇所で長良川を渡る橋が架かっています。そのため、いたる所で長良川沿いに露出している岩石を眺めることができます。 下の写真は、上の写真を撮ったところを列車の中から反対に 撮ったもので、長良川鉄道下り赤池駅到着 20 秒ほど手前(鉄橋の上)でシャッターを切りました。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)

一枚の写真から その19 哺乳類の足跡化石発見の思い出

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現在は行っていませんが、以前 10 数年間、地質の仲間と一緒に年に2回、一般対象で岐阜県内の地質見学会を行っていました。美濃加茂市~可児市の地質見学会の下見で、地質仲間数名と可児川へ行ったときのことです。 2009 年 6 月 6 日(土)、可児川沿いの巨礫を含む凝灰岩を観察するために川原沿いを歩いている時でした。淡灰色のシルト岩層の中に、直径が 10cm ~ 20cm の円形をした砂岩が詰まっているものを複数見つけました。かつ、その砂岩が詰まっている円形に近いものが直線上にほぼ等間隔でいくつか並んでいました。場所は可児市兼杖(かねつえ)の可児川に久々利川が合流する付近です。とっさに哺乳類の足跡じゃないかと思いました。気になってしばらく見ていると、仲間達は歩いた先にある巨礫を含む凝灰岩の露頭に向かっていましたので、場所を頭に入れて追いかけました。巨礫を含む凝灰岩の露頭の観察が終わってから、足跡らしき露頭を見てほしいと伝え、帰りにその河床露頭に寄りました。その場所は、 2009 年初春から河川敷の改修工事で河床が掘り下げられ、その後の洪水で河床が広範囲に削られていた場所でした。そのため、その足跡群はそれまでは見つかっていなかったのです。直線上にほぼ等間隔で並んでいた足跡らしき跡の近くをよく見ると、偶蹄類のシカと思われる足跡もあったので、哺乳類の足跡化石群でほぼ間違いないだろうということになりました。最初に哺乳類の連続足跡ではないかと感じた足跡が上の写真です。 その発見した時の地質仲間の中に、以前木曽川沿いで哺乳類の足跡を見つけ、報告書をまとめてみえたS氏がいましたので、その方と調査をしました。そして、S氏に中心になっていただき、新聞発表をして、報告書としてまとめ、地質学会でも口頭発表をしました。その時の新聞記事が下の写真です。また、シカ類と考えられる足跡と河床露頭の様子を撮ったものも載せました。 2010 年 1 月 12 日朝刊 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)

一枚の写真から その18 いまだに明確にはわかっていない板状節理の形成

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  この写真は、岐阜県郡上市 八幡町と美並町の境界付近の長良川左岸 河床で見られる玄武岩質溶岩で、板状節理を示しています。 板状節理は火成岩(火山岩)の表面にほぼ平行に生じた割れ目で、板を重ねたように見えるものです。ここの板状節理は平行な割れ目と割れ目の間の幅が5mm ~ 3cmのところが多く、5cmほどのところもあります。また、板状節理の見られる地形的上位には、枕状溶岩と思われるもの(はっきりはしませんが)が見られます。 板状節理と似たものとして柱状節理があります。柱状節理は北海道上川町の層雲峡や福井県坂井市の東尋坊、兵庫県豊岡町の玄武洞など、観光地として有名な場所で大規模に見られるため、一般的にも知られています。その柱状節理は、火山岩などが冷えて固まる際に体積が収縮し、柱状に割れ目ができることがわかっています。しかし、板状節理はいまだに成因が明確にはわかっていないのです。 成因にはいくつかの説があります。溶岩の流れの方向にはたらく力によって、面がすべるように作用するために平行に割れ目が生じるという説。柱状節理と同様に、溶岩の体積収縮で形成されるという説(ただし、この説は体積収縮で板状に割れ目ができるという説明ができていない)。もう一つの説は、割と新しく 2000 年以降に出てきた説です。固まりかけの溶岩が横方向に流れている場合、端に地形的な障がいがあったり、端がいち早く冷え固まったりして、それ以上流れることができないと、行き止まりとなり、後からの溶岩に押され流れの方向に圧縮されることになります。その結果、上下方向に厚くなることで、平行に割れ目が生じるという説。この説は、例えばノートを机などに置き、横から力を加えると、ノートの真中が上方向に盛り上がり、ノートの一枚一枚が離れた状態になるというイメージです。 長良川沿いの白鳥流紋岩(岩石としては溶結凝灰岩)中にも、板状節理が見られます。下の2枚の写真は、岐阜県郡上市白鳥町中切左岸の溶結凝灰岩を撮ったもので、遠景と近景です。玄武岩質溶岩の板状節理と比べると1枚1枚の板状の岩石は厚く、 数cm ~ 6cm です。このようにけっこう見られる板状節理は、柱状節理とは異なり、その成因がよくわかっていないのです。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)