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露頭と立体視 その10(地層の剥ぎ取り展示物の立体写真)

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地層の剥ぎ取りは、固結していない地層をそのままの状態で持ち帰り、標本として残すための手法です。固結していない地層(第四紀層などの新しい地層)などの表面に合成樹脂(接着剤)を塗り、布などを貼り付けて薄く地層を剥ぎ取るのです。 剥ぎ取りは、露頭から実物を持ち帰ることができ、展示することができるという点は優れています。それほど広い範囲ではなく、合成樹脂がしみ込みやすい粒子からなる地層であれば、割と簡単に 剥ぎ取ることができます。基本的には平面上に現れる事象を剥ぎ取るため、立体視には向いていません。しかし、接着剤を使用するため、礫、砂、泥、粘土によって粘着の度合いが異なり、粒度の違いによって剥ぎ取り面にわずかな凸凹ができ、粒子の大きさの違いが凸凹の違いによってわかることもあります。 剥ぎ取り標本の展示物は、基本的には平面なので、左右2枚の写真を撮る間隔を広くしても2枚の写真に見た目大きな違いが表れないことが多いです。そのため、立体視をしても違和感なく、立体感をとらえられやすいです。左右から撮る写真の間隔を目の幅(約6cm)より広くすることによって、実際の凸凹を強調でき、少しの凸凹でも認識することができます。そのような点で 、わずかな凸凹を立体で認識できれば、平面である剥ぎ取り面を立体で見る意味が出てきます。また、剥ぎ取りに礫が入る場合は、立体視をすることによって、その礫がはっきりと立体でとらえられます。 下の4種類の写真は、いずれも活断層の剥ぎ取り標本を撮ったものです。一番上は産業技術総合研究所地質標本館に展示してある糸魚川 - 静岡構造線活断層系岡谷断層(長野県岡谷市)、2枚目は滋賀県立琵琶湖博物館に展示してある饗庭野断層(滋賀県高島市)、3枚目は福井県立恐竜博物館に展示してある木落断層(福井県大野市)、4枚目は豊田市博物館に展示してある猿投 - 境川断層(愛知県豊田市)です。 下の3種類の写真は、福井県年縞博物館に展示しある年稿を示す地層の標本です。一番上は古塩原湖(栃木県那須塩原市)の年稿で、下2枚(一枚は全体、もう一枚は部分)は死海(リサン湖、イスラエルで採取)の年稿です。 地層の表面をきれいにして剥ぎ取ったものだと思いますが、粒子の大きさや成分の違いによってわずかな凸凹があり、その違いを立体視で見ることができます。左と右の間隔を測って撮ったわけでは...

展示物と立体視その9(地形模型の立体写真)

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博物館の展示の中で、模型を使って地形が立体で示されているものがあります。見ることができない海洋中の地形や断層による地形のずれ、山体の形、現在では改変されている旧地形などです。それらの地形模型は、実際の地形より縦方向を強調してつくられてある場合が多いようです。博物館でそのような地形模型を見る場合は立体として見られるのでよいですが、写真で表現する場合は立体視できる写真でないと、せっかくの立体が生かされません。そこで、地形模型の立体写真について書いてみます。 プレートテクトニクスのような仕組みを理解するには、実際の地形より縦を強調してある地形模型によってスムーズに進むと思います。下の4種類の写真は、プレートテクトニクスの仕組みを示す立体的な模型の一部分を撮ったものです。福井県立恐竜博物館に展示してあります。上の2種類は海嶺部、下の2種類は海溝部(日本海溝周辺)です。海嶺部を撮ったものは海嶺部の断裂の様子が、海溝部を撮ったものは海洋プレートの沈み込みの様子がわかります。火山島だった海山(第一鹿島海山)が地下に沈み込もうとしている様子も表現してあります。 同じような模型ですが、太平洋の海水を取り去った時の地形模型の一部を撮ったものが次の4種類の写真です。この模型は、地質標本館のものです。一番上は日本列島周辺、2番目はニュージーランド周辺、3番目は東太平洋海膨(太平洋プレートの海嶺)周辺、4番目はハワイ諸島(ホットスポットにより形成した火山島)周辺です。立体視をすることによって、海底面の起伏がよくわかります。 岐阜県中津川市坂下の断層(阿寺断層)が段丘面を変位させていることが1960年代に調査され、河岸段丘の形成と断層の活動の関係について研究され、解明されました。その地形と断層の関係を示す地形模型が岐阜県博物館に展示されています。 岐阜県中津川市坂下は、研究者によって日本で最初( 1964 年)に活断層の正確な運動像が確認された場所です。ここには、河岸段丘面を切る形で阿寺断層が通っています。木曽川沿いの坂下には大きく4段の段丘面が広がり、それらの段丘面に載る御岳火山噴出物等の堆積物によって、それぞれの段丘面が形成された時期が推定されました。それらの段丘面を北西 - 南東方向に横切って阿寺断層が通っていて、それによってすべての段丘面がずらされています。古い段丘面ほど断層運...

露頭と立体視その15(カール地形と立体写真)

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カール(圏谷)は氷河がつくり出した地形で、山の斜面をスプーンでえぐったように、なめらかな半球状やお椀型に凹んだ地形となります。日本で「カール」と呼ばれる地形は、今からおよそ7万年前~1万年前の最終氷期に氷河が形成したもののようです。 「ブログ県外編 44 」で長野県駒ヶ岳の千畳敷カールについて紹介しました。カール地形は独特な曲線美をもった地形ですので、立体視との相性が良いと思います。そこで、今回は千畳敷カールを立体視の視点から紹介します。 カールは氷河の移動によって地面がスプーンでえぐったように削り取られた地形ですが、その滑らかさやカーブの様子はなかなか2次元の写真では伝わりません。実際の地形を見ると、三方の切り立った急な壁と底部のなめらかな緩斜面が組み合わさり、その巨大な光景が眼前に迫ってくるので、大自然の造形美が感じられます。それを2次元の写真で写しても全体の広がりや立体感が表現できないため、なかなか造形美が伝わらないと思います。全体の広がりはパノラマ写真などで、立体感は立体写真で表現できないかと思っています。 上から3枚の写真は、千畳敷ホテルの前で宝剣岳やカールに向けて撮った写真です。正しく測っているわけではないですが、宝剣岳の碑の近くから左側の写真を、バルコニーのところから右側の写真を撮りましたので、左と右の2枚の写真は20m以上離れたところから撮ったものになります。また、地形図で測るとホテル前から被写体となる宝剣岳やカール地形はそれぞれ直線距離で約 700m 、約 300m ~ 500m です。左右の幅が被写体までの距離の 1/15 ~ 1/35 なので、立体感をとらえられる距離としては適していると思います(「ブログ露頭と立体視 14 遠景の立体写真」を参照)。上から3枚目の写真は、カール地形のなだらかな部分を立体写真として望遠で撮ったもので、全体的にはなだらかであっても、谷部や細かい地形の凸凹がわかると思います。 氷河によって削られた地表の岩盤は、氷河によって運ばれ、氷河の末端や側面に積もり、堤防のような高まりを形成します。モレーンと呼びますが、千畳敷カールではホテルやロープウェイの駅がそのモレーンの上に建てられています。上から4枚目の写真は、カール地形の下部の剣ヶ池から、モレーンの上に建っているホテルを撮ったものです。高まりの上にホテル...

県外編 その44 長野県駒ヶ根市の千畳敷カール :長野県駒ヶ根市赤穂

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千畳敷カールは、長野県駒ヶ根市と宮田村などにまたがる木曽山脈(中央アルプス)の宝剣岳(標高 2931m )直下に広がる氷河地形です。 氷河とは、降り積もった雪が何年も溶けることなく圧縮し巨大な氷の塊となり、その結果自らゆっくりと流動するものを指します。降ったばかりの新雪は、雪と雪の間に空気が入っています。しかし、雪が降り積もることによって、上からの重さで空気が抜けていき、下方の雪は圧縮されて氷の塊になります。最終氷期といわれる約7万~1万年前には、高緯度地域には広く氷河が発達していました。氷河は、河川のはたらきと同様に、侵食・運搬・堆積の作用があるため、氷河独特の地形を残します。氷河は全体的には氷なので固体ですが、飴のように少しずつ変形しながらゆっくり進みます。特に、地表に接する面付近では氷河自体の重さによって圧力が高まることや地面の熱などのため、部分的に氷河が融けるのです。すると、地面との摩擦力が下がり、氷河自体が地表をすべるように移動します。 その時に、地表を削り(侵食し)、地表の土砂を氷河の中に取り込みながら傾斜地を移動し(運搬し)、氷河の末端部や側方部、底部などで土砂を堆積します。 氷河の侵食は川の侵食(浸食)とは違って、移動する氷河は底面の土砂や岩石を巻き込みながら、えぐり取るように地面を削るため、スプーンでえぐり取ったような地形を作り出します。それがカール(圏谷)です。また、削り取った土砂が堆積したものをモレーンと呼び、堤防や丘のような地形を示します。 駒ヶ岳ロープウェイ の 千畳敷駅 は、モレーンを改変したところに建設されています。 千畳敷カールの形成時期については、「 10 Be 露出年代法を用いた氷成堆積物の形成年代の測定 青木賢人 第四紀研究 39   2000 」の研究があります。この研究では、千畳敷カールとその北方1~2kmにある濃ヶ池カールのモレーンの堆積物に含まれる放射性ベリリウム( 10 Be )を分析し、モレーンの形成時期を推定しています。試料の多くが 1 万 7000 年~ 1 万 9000 年前の形成年代を示すことから、両方のカールが最終氷期の最も気温が下がったと考えられる時期に形成されたと結論付けています。放射性ベリリウム( 10 Be )を分析することによってモレーンの形成年代が推定できるのは、以下の理由です。...

県外編 その43 宮崎県宮崎市青島の鬼の洗濯板 :宮崎県宮崎市青島

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   青島の鬼の洗濯板は、昭和9年( 1934 年)に国の天然記念物に指定されています。正しくは、「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」と名付けられています。 海岸が波の力によって削られ、平坦になった地形を海食台(波食台)といいます。海食台は一般的に海面下10~15 m の深さに形成されることが多いようですが、陸地の隆起や海水面の低下によって、海面上に出ているものがあり、それを隆起海床と呼びます。ここでは、その昔、洗濯する際に使用した洗濯板のような凸凹のある岩が広がっており、それを奇形波蝕痕と名付けたようです。青島周辺には、新第三紀の後期中新世~鮮新世(約 700 万年~ 300 万年前)に形成されたと考えられている宮崎層群が分布しています。この宮崎層群は、前弧海盆堆積体といって、海洋プレートが陸側のプレートに沈み込む海溝の陸側にできる浅い海(前弧海盆)に堆積した地層です。陸上から河川を通じて運ばれてきた砂や泥が堆積したもので、水の中で砂と泥が混じったものが地震などによって移動すると、粒の大きい砂が下に堆積し、その上に粒の小さな泥が堆積するといった砂層と泥層がセットになった堆積物をつくります。それが繰り返されることによって、砂と泥の縞状の堆積物(砂泥互層)が形成されるのです。砂泥互層が固結したものが砂岩泥岩互層ですが、砂岩層と泥岩層は浸食の度合いが異なります。砂岩層は固く浸食を受けにくく、泥岩層はもろく浸食を受けやすいため、砂岩層は凸状となり、泥岩層は凹状になり、ギザギザの洗濯板のように見えるのです。 写真は六種類あります。一番上の写真は、青島に架かる橋(弥生橋)を渡り、向かって右側の洗濯板(砂岩泥岩互層)をパノラマで撮ったものです。橋の手前から青島を撮ったのが2番目の写真です。3番目の写真は橋を渡って向かって左側の砂岩泥岩互層を、4番目と5番目の写真は右側の砂岩泥岩互層を撮ったものです(上の写真を撮った近くで撮りました)。3番目と5番目に写っているスケールの長さは1mです。 一番下の写真は砂岩泥岩互層に近づいて撮ったもので、上半分が砂岩層で、下半分が泥岩層です。この写真はわかりやすいですが、下半分の泥岩層は砂岩層と比べると削られており、凹んでいます。立体視で見ることができると、より実感としてわかると思います。また、左側にスケール(約15cm)があります...

県外編 その42 宮崎県都城市の関之尾甌穴群 :宮崎県都城市関之尾町関之尾滝上流部

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   前回(県外編その41)で紹介した関之尾滝の上流部(庄内川の川底)には甌穴群が見られ、国の天然記念物に指定されています。都城市公式ホームページによると、この甌穴群は長さ約600m、幅約80mの河床に形成されており、それぞれの甌穴は1~3mの円筒状の穴ということです。河床の岩盤に甌穴が多数あり、水面より下に穴があることが多いため、穴の形状はなかなかわかりません。 甌穴は、河川によって上流から運ばれてきた石が岩盤の表面にある割れ目などに引っかかり、強い水の流れの中でその石が回転し、ドリルのように岩盤に穴をあけたものです。甌穴は流れてきた石の回転によって形成されたものなので、やわらかい岩盤の方が形成されやすく感じます。確かに、やわらかい岩盤では穴はできやすいですが、くずれたり、すぐ穴が広がったりするため、穴として保存されるためには、岩盤が硬いことが重要なのです。だから、甌穴は河床の岩盤が硬く、激しい流れを生じる場所であれば、どの河川でも見られるものです。 前回の関之尾滝でも書きましたが、滝の周辺には約33万年前に加久藤カルデラの噴火によって発生した加久藤火砕流堆積物が分布しています。滝の上面や上流部は、その火砕流堆積物の溶結凝灰岩からなっています。火砕流は、火山ガスや火山灰、軽石などの火山噴出物が高速で移動し、堆積します。大規模な場合は、ものすごい量のものが堆積するため、自らの熱と重さによって、火山灰や軽石などのガラス成分がやわらかくなり、押しつぶされて固まるのです。この作用を溶結作用と言い、そしてできた岩石を溶結凝灰岩と呼びます。堆積時には、火山灰や軽石など個々はバラバラなのですが、溶結作用によって一体化し、固結するのです。降り積もった火山灰などが固まった凝灰岩とは異なり、より硬く固まります。また、同じ火砕流堆積物でも、上からかかる重さと熱の度合いによって、強く固まる(強溶結)場合と固まり方が弱い場合(弱溶結)、溶結が起きない場合(非溶結)があります。甌穴群が見られる滝の上流部は、強溶結のようで、かなり硬い岩盤だと考えられます。 写真は六種類あります。甌穴群のよく見られるところには、橋が架かっていますが、その橋からパノラマで下流を撮ったものが一番上の写真、上流を撮ったものが2番目の写真です。3番目の写真は橋の上流側を左岸の歩道から撮ったもので、4...

県外編 その41 宮崎県都城市の関之尾滝 :宮崎県都城市関之尾町(霧島ジオパーク内の滝)

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関之尾滝は、日本の滝 100 選にも選定されている滝で、幅約40m、落差約18mです。都城市の西部に位置する関之尾町を流れる庄内川にかかる滝です。関之尾滝周辺は溶結凝灰岩で覆われていて、その溶結凝灰岩にかかる滝です。この溶結凝灰岩は、以前は約3万年前に姶良カルデラ(現在の錦江湾の位置)の噴火により発生した大規模な火砕流によって形成された入戸(いと)火砕流堆積物だと考えられていました。しかし、現在はその後の調査研究により、約33万年前(34万年前と書かれてあるものもあります)に現在のえびの市に位置する加久藤カルデラの噴火により発生した加久藤火砕流による堆積物であることがわかっています。詳しいことは、「『宮崎県都城市関之尾付近に分布する火砕流堆積物について』井村隆介ほか、宮崎県総合博物館紀要第 30 輯、 2010 年 」に書かれてあります。 加久藤カルデラの噴火によって発生した加久藤火砕流は、半径約50kmの範囲に到達し、主に溶結凝灰岩の強固な地層を形成したようです。現在の霧島火山の活動の始まりは加久藤火砕流で、加久藤火砕流堆積物よりも新しい活動が霧島火山群の活動として定義されているようです。 滝のでき方はいくつかありますが、その中でも代表的なものは、 やわらかく削られやすい(浸食しやすい)層の上に、硬く削られにくい(浸食しにくい)層が載っている場合です。下の層は削られて水面が下がるけれど、上の層は削られにくいため段差ができ、その段差が滝となります。上部の硬く浸食しにくい層を造瀑層と呼びます。前述の「宮崎県都城市関之尾付近に分布する火砕流堆積物について」によると、滝が架かって柱状節理(後述)が見られる岩層は火砕流堆積物の強溶結部のようで、滝つぼ付近の岩層は弱溶結部のようです。つまり、強溶結部が上部に、弱溶結部が下部に見られるところに滝が架かっているのです。火砕流が堆積した時、自らの熱と重さでガラス成分(火山灰や軽石)がやわらかくなり押しつぶされ、硬く固まることがあります。それを溶結と言います。自らの熱と重さが関わりますので、堆積物の場所によって強く溶結(強溶結)して硬くなる部分と、溶結が弱く(弱溶結)、それほど硬くない部分が出てきます。詳しく調べないとわかりませんが、この滝は同じ火砕流堆積物でできていますが、上部が強溶結で硬く浸食を受けにくく、下部が弱溶結でや...