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県外編 その42 宮崎県都城市の関之尾甌穴群 :宮崎県都城市関之尾町関之尾滝上流部

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   前回(県外編その41)で紹介した関之尾滝の上流部(庄内川の川底)には甌穴群が見られ、国の天然記念物に指定されています。都城市公式ホームページによると、この甌穴群は長さ約600m、幅約80mの河床に形成されており、それぞれの甌穴は1~3mの円筒状の穴ということです。河床の岩盤に甌穴が多数あり、水面より下に穴があることが多いため、穴の形状はなかなかわかりません。 甌穴は、河川によって上流から運ばれてきた石が岩盤の表面にある割れ目などに引っかかり、強い水の流れの中でその石が回転し、ドリルのように岩盤に穴をあけたものです。甌穴は流れてきた石の回転によって形成されたものなので、やわらかい岩盤の方が形成されやすく感じます。確かに、やわらかい岩盤では穴はできやすいですが、くずれたり、すぐ穴が広がったりするため、穴として保存されるためには、岩盤が硬いことが重要なのです。だから、甌穴は河床の岩盤が硬く、激しい流れを生じる場所であれば、どの河川でも見られるものです。 前回の関之尾滝でも書きましたが、滝の周辺には約33万年前に加久藤カルデラの噴火によって発生した加久藤火砕流堆積物が分布しています。滝の上面や上流部は、その火砕流堆積物の溶結凝灰岩からなっています。火砕流は、火山ガスや火山灰、軽石などの火山噴出物が高速で移動し、堆積します。大規模な場合は、ものすごい量のものが堆積するため、自らの熱と重さによって、火山灰や軽石などのガラス成分がやわらかくなり、押しつぶされて固まるのです。この作用を溶結作用と言い、そしてできた岩石を溶結凝灰岩と呼びます。堆積時には、火山灰や軽石など個々はバラバラなのですが、溶結作用によって一体化し、固結するのです。降り積もった火山灰などが固まった凝灰岩とは異なり、より硬く固まります。また、同じ火砕流堆積物でも、上からかかる重さと熱の度合いによって、強く固まる(強溶結)場合と固まり方が弱い場合(弱溶結)、溶結が起きない場合(非溶結)があります。甌穴群が見られる滝の上流部は、強溶結のようで、かなり硬い岩盤だと考えられます。 写真は六種類あります。甌穴群のよく見られるところには、橋が架かっていますが、その橋からパノラマで下流を撮ったものが一番上の写真、上流を撮ったものが2番目の写真です。3番目の写真は橋の上流側を左岸の歩道から撮ったもので、4...

県外編 その41 宮崎県都城市の関之尾滝 :宮崎県都城市関之尾町(霧島ジオパーク内の滝)

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関之尾滝は、日本の滝 100 選にも選定されている滝で、幅約40m、落差約18mです。都城市の西部に位置する関之尾町を流れる庄内川にかかる滝です。関之尾滝周辺は溶結凝灰岩で覆われていて、その溶結凝灰岩にかかる滝です。この溶結凝灰岩は、以前は約3万年前に姶良カルデラ(現在の錦江湾の位置)の噴火により発生した大規模な火砕流によって形成された入戸(いと)火砕流堆積物だと考えられていました。しかし、現在はその後の調査研究により、約33万年前(34万年前と書かれてあるものもあります)に現在のえびの市に位置する加久藤カルデラの噴火により発生した加久藤火砕流による堆積物であることがわかっています。詳しいことは、「『宮崎県都城市関之尾付近に分布する火砕流堆積物について』井村隆介ほか、宮崎県総合博物館紀要第 30 輯、 2010 年 」に書かれてあります。 加久藤カルデラの噴火によって発生した加久藤火砕流は、半径約50kmの範囲に到達し、主に溶結凝灰岩の強固な地層を形成したようです。現在の霧島火山の活動の始まりは加久藤火砕流で、加久藤火砕流堆積物よりも新しい活動が霧島火山群の活動として定義されているようです。 滝のでき方はいくつかありますが、その中でも代表的なものは、 やわらかく削られやすい(浸食しやすい)層の上に、硬く削られにくい(浸食しにくい)層が載っている場合です。下の層は削られて水面が下がるけれど、上の層は削られにくいため段差ができ、その段差が滝となります。上部の硬く浸食しにくい層を造瀑層と呼びます。前述の「宮崎県都城市関之尾付近に分布する火砕流堆積物について」によると、滝が架かって柱状節理(後述)が見られる岩層は火砕流堆積物の強溶結部のようで、滝つぼ付近の岩層は弱溶結部のようです。つまり、強溶結部が上部に、弱溶結部が下部に見られるところに滝が架かっているのです。火砕流が堆積した時、自らの熱と重さでガラス成分(火山灰や軽石)がやわらかくなり押しつぶされ、硬く固まることがあります。それを溶結と言います。自らの熱と重さが関わりますので、堆積物の場所によって強く溶結(強溶結)して硬くなる部分と、溶結が弱く(弱溶結)、それほど硬くない部分が出てきます。詳しく調べないとわかりませんが、この滝は同じ火砕流堆積物でできていますが、上部が強溶結で硬く浸食を受けにくく、下部が弱溶結でや...

県外編 その40 石川県宝達志水町~羽咋市の千里浜なぎさドライブウェイ(千里浜IC近くなど) :石川県羽咋郡宝達志水町今浜~羽咋市千里浜町の千里浜なぎさドライブウェイ

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石川県羽咋郡宝達志水町今浜~ 羽咋市千里浜町をつなぐ約8kmの千里浜なぎさドライブウェイは、日本で唯一、一般の自動車やバスでも海岸線の砂浜の波打ち際を走ることができる道路です。 砂浜ができるには、河川によって砂が海へ多く運ばれ、かつ沿岸流などの流れによって河川から供給された砂が海岸に集められる必要があります。ここの場合は、千里浜より約40km南西に位置する手取川、千里浜周辺の大海川や宝達川が運んできた土砂が、沿岸流(対馬海流)や北西の季節風によって移動し、かつ羽咋市の北に位置する滝崎が土砂をUターンさせ、千里浜に集められるためのようです。 しかし、ダム建設などによって河川からの砂の供給が減ったり、沿岸流などの流れが変化したり、高波などで砂が沖に移動したりすることによって、砂浜内の砂が減ってしまうことがあります。砂の供給、移動のバランスによって、海岸の砂浜が維持されているのです。実際にこの砂浜も、砂が減り狭くなってきているため、砂を供給する工事や消波ブロックの設置工事などを行っているようです。 この海岸線の砂は細かく、地形の関係で海水を常に含むことで、力が加わる路面は固くなっています。手取川によって運ばれた土砂は、河口部において粒径の細かいものほど沖合に運ばれます。そして、対馬海流によって北東へ移動し、砂浜の砂となるのです。そのため、手取川河口から離れるほど海岸の砂は細かく、40kmほど離れた千里浜周辺は非常に細かく均一な砂で構成されているのです。(百瀬年彦  2018  千里浜にたどり着くはずの砂の行方を追う  H30 土壌物理学会大会 による)。 例えば、小麦粉など細かく粒の揃った粒子に水を加え、どろどろになった状態のものを握りしめると一瞬で固くなります。力を加えないと、どろどろの液体状に戻ります。この現象のことをダイレタンシーと呼びます。この現象がドライブウェイでも起こっていて、細かく均一な砂に海水が混じり、タイヤの圧力がかかる路面は固くなるのです。だから、ドライブウェイの砂浜でも、水分が加わって淡褐色に見える部分はよいのですが、白くなって乾いている部分では、全体が固くなることなく、力を加えると、砂粒一粒一粒がバラバラに移動してしまうため、タイヤが空転し自力では動けなくなることもあるようです。 写真は六種類ありますが、一番上の写真は 千里浜な...

県外編 その39 三重県鳥羽市神島のチャート層とその褶曲 :三重県鳥羽市神島の八畳岩とその近辺

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神島は東西約1km、南北約1 . 2kmの柄の短いうちわ型をした島です。地質的には、北西半分弱は泥質片岩などの変成岩類(三波川帯と呼ばれる)から、南東半分強は混在岩などの前期~中期ジュラ紀付加体堆積物(秩父帯と呼ばれる)からなっています。 八畳岩とその周辺は付加体堆積物からなっていて、八畳岩はチャートです。チャートは、砂や泥が届かないような陸地から離れた深海底に堆積したものです。放散虫などの珪質の殻をもった微生物の遺骸がもとになっています。玄武岩質の火山岩でできた海洋プレートの上に堆積したチャート、火山島の上に形成した石灰岩が海洋プレートの動きに伴って移動し、陸側に近づきながら、泥なども珪質の遺骸と混ざり合って堆積(それが珪質泥岩)します。また、海溝部に近づくと、陸側から流れてきた砂や泥も混ざり合います。そして、陸側に付加したものが付加体堆積物です。そのため、堆積した場所はかなり離れていても、現在では混ざり合って分布したり、隣り合って分布したりしているのです。また、海洋で水平に堆積したものが折れ曲がっていたり、ちぎれていたり、垂直に近く傾斜していたりしているのです。 八畳岩以外でもチャート層が露出している場所があります。八畳岩を見ながら道を北西に進むと、右手に崖(露頭)が現れ、層状チャートが褶曲しているのがわかります。 写真は五種類ありますが、上と中上の写真は八畳岩を、真中と中下、下の写真は層状チャートの褶曲の露頭を撮ったものです。上の写真はチャートからできている八畳岩を南東から、中上の写真は北東から撮りました。層状チャートの褶曲の露頭写真に写っているスケールは、1mです。真中の写真は横長で、下の写真は縦長で撮りました。上と中上、中下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。 美濃地学 - 地学のおもしろさを、美濃から (minotigaku.com)

県外編 その38 三重県鳥羽市神島のカルスト地形(玄武岩質溶岩と石灰岩) :三重県鳥羽市神島ニワの浜近辺

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神島は、愛知県の渥美半島先端の伊良湖岬と三重県鳥羽市の答志島の間にある島で、伊勢湾の入口に当たります。島は柄の短いうちわのような形をしていて、東西約1km、南北約1 . 2kmで、周囲は約4kmです。産総研のHPで見られる日本シームレス地質図によると、神島の北西半分弱は泥質片岩などの変成岩類(三波川帯変成岩類と呼ばれる)からなり、南東半分強は混在岩などの前期~中期ジュラ紀付加体堆積物(秩父帯堆積岩類と呼ばれる)からなっています。神島の南南東端にあるニワの浜近辺は、付加体堆積物からなっていて、玄武岩質溶岩の上に石灰岩が載った状態が見られます。また、石灰岩が雨水によって溶かされ、石灰岩独特の地形を形成しており、カルスト地形と呼ばれています。ここでは、石灰岩が鋭利な三角錘状の塔群のようになっていて、平成8年(1996年)に鳥羽市の天然記念物に指定されています。 付加体堆積物は、海洋プレートや火山島および、その上に堆積したものが大陸側にゆっくりと移動し、海溝部で大陸側から移動してきた砂や泥と合わさり、沈み込まずに陸地に付加したものです。海洋プレートやその上に形成した火山島には、サンゴ礁が形成したり、硬い珪質の殻をもつ微生物(放散虫など)の死骸が堆積したり、水に長く浮かぶような細かい粒子が堆積したりします。付加した結果、海洋プレートや火山島をつくる玄武岩質溶岩、サンゴ礁などの炭酸カルシウムが固まった石灰岩、放散虫などの死骸などが固まってできたチャート、放散虫などの死骸や微細な泥が混じり合って固まった珪質泥岩が、砂や泥(砂岩や泥岩)と合わさった状態を見ることができるのです。上で述べた玄武岩質溶岩の上に石灰岩が載った状態というのは、まさに火山島の上に形成したサンゴ礁を見ていることになるのです。  写真は六種類ありますが、一番上の写真は露頭全体を撮ったものです。2番目の写真は上部の石灰岩を撮ったもので、雨水などによって溶かされて岩の塔がいくつも林立しているように見えます。カルスト地形の代表的なものです。3番目の写真は石灰岩に近づいて撮ったもので、黄色く写っているスケールは1mです。スケールの右下に写っている階段を下って撮った写真が4番目の写真で、上部に石灰岩が、下部に玄武岩質溶岩が写っています。ここに写っているスケールも1mです。1番目と4番目の写真は同じ場所から撮りました...

一枚の写真から その24 「ジオ(Geo)」が世の中により広がることを願って

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  上の写真は、今から13年前に出版された「観光地の自然学-ジオパークでまなぶ- 小泉武栄 古今書院」の表紙と目次の一部を撮ったものです。「はじめに」に次のことが書かれてあります。 「有名な観光地に行くと、観光客にガイドが何か説明していることがよくあります。ただ、そのほとんどがそこの歴史に関するものか、「あの岩は獅子岩といいます」といった……。目の前に雄大な景色が展開しているのに、そのでき方についての解説などないのが普通ですし、不思議な地形を見て、なぜこんな地形ができたのかという説明もありません。珍しい植物があっても、ただ名前を教えてもらってそれでお終いです。…」この本は2013年に出されたものなので、現在とは状況が少し違いますが、観光地の大地のでき方や、地形と地質の関わりについてより、歴史に関するものや名称についての説明が多いというのはその通りだと思っています。ただし、最近はジオパークについての理解も進み、特にジオパーク内ではその場所の成り立ちや背景についての説明がなされています。 ジオパークの「ジオ( Geo )」は、ギリシャ語の「大地」や「地球」を意味する接頭語です。観光地にジオが関わっていることは多いです。でも、その観光地が地球の歴史の中のどこでどのように形成されてきたものなのか、それが地形・地質的に何を意味しているかなど、知らないことが多いのではないでしょうか。 この本の「おわりに」に書かれてありますが、「この岩はなぜここにあるのだろうか、この海岸のこの岩はなぜこんな形をしているのだろう、この滝はどうしてできたのか、ここに砂丘があるのはなぜ、この植物はなぜここに生えているのだろう。」これらの視点が重要だと思うのです。観光地は、自然、歴史、文化の背景があって成り立っていて、その理解が重要です。「おわりに」にはこのようにも書かれてあります。「…残念なことに日本人は、学校教育で、たとえば氷河時代のことや動植物の分布、自然景観の成り立ちといった、自然史について学ぶことがほとんどありません。このため、身のまわりの自然や景観がどのようにしてできたかという点について、ほとんど知らないまま大人になっています。…」身のまわりの自然や景観は、地形・地質に裏打ちされたものが多いのです。 自分がブログ「美濃地質」で、県外編を書いているのも、上記のように考え...

一枚の写真から その23 川原の石により興味をもってもらえるように

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  上の写真は、今から24年前(西暦 2002 年)に、木曽川に架かる愛岐大橋下で川原の石観察会を行ったときの写真です。「岐阜県の地学を学ぶ会」の活動の一環です。地質を学んできた先輩や同年代の方々(主に教員)と1998年(平成10年)に「岐阜の地学を学ぶ会」という会を立ち上げ、一般を対象に地学に関する講演会と岐阜県内の地質見学会を年に2回ずつ行ってきました。14年間続きました。その中で、身近な川原の石についても、一般の方に石の見方を伝え、石に興味を持ってもらおうというねらいで、長良川沿いや木曽川沿いで数回川原の石観察会を行いました。 自然観察というと、植物観察、昆虫観察、野鳥の鳴き声を聞くバードウォッチング、夜空の天体観測、川や海の生物調査(カワゲラウォッチングなど)があげられます。なかなかそこに岩石や地層などが入りません。岩石の観察には、地質学的な知識が必要となり、専門的で少しハードルが高いと感じられるのかもしれません。しかし、岩石や地層の観察は、地球が歩んできた歴史の一部を観察しているのです。まさに自然観察です。地球の歩みの一部を理解するには、岩石や地層を知ることは欠かせないはずです。そのためにも岩石(石ころ)や地層の理解をもっと広めていかないと…と思うのです。 石(岩石)は、前回( 一枚の写真からその22 )も書きましたが、成り立ち(成因)に基づいて名前がつけられているため、岩石に残されている成り立ちを読み取ることができなければ、名前はなかなかわからないのです。図鑑による岩石の写真だけでは、成り立ちをなかなか読み取ることができません。そのため、川原の石の場合、次の2点が大切になってきます。 ・どのような成り立ちが石のどこに表れているか、特徴を知った上で観察すること ・川の上流に石のふるさとがあるので、上流部がどのような地質でできているかを把握すること 後者については、川の上流の地質図が不可欠となります。全国的には産総研地質調査総合センターが地質図を整備しています。岐阜県の地質は、他の県と比べても詳しく調査研究されていますが、その今まで研究結果は岐阜県全体の詳細な地質図として整理され、かつそれを誰でも見られる形で Web の地質図として公開( 2015 年)されました。その立役者が岐阜大学の小井土名誉教授(故人)で、「ジオランドぎふ」...