県外編 その23 富士山の宝永火口と宝永山 :静岡県富士山表口登山道富士宮口五合目

  昨年(令和7年)に行った岐阜県外の地質、地形に関係する観光地を何回かに分けて、紹介します。以前、「県外編その22」まで紹介しましたので、続きとして書いてみます。

東海道新幹線の車窓から富士山を眺めた時、富士山の南東斜面(右側)に大きなくぼみが見えます。このくぼみが宝永火口で、1707年(300年少し前)12月16日に始まった噴火によって形成されたものです。宝永火口は、3つの火口からなっていて、標高の高い順に第一、第二、第三宝永火口と呼ばれ、互いに切り合うように並んでいます。麓や前述した新幹線の車窓からは最も大きな第一火口が目立ちます。第一火口は長径が1300m、短径が1100mあり、山頂火口(長径が800m、短径が650m)より大きいです。第一宝永火口の東側には、赤褐色の岩(「赤岩」と呼ばれる)を載せた山があります。この山は宝永噴火の際に誕生した山で、宝永山と呼ばれます。

この赤岩は硬い地層からできていて、下から突き出たような分布をしています。また、山体の傾斜とは不調和な南西方向に傾斜し、周囲の地層と不整合関係に見えることから、宝永山は宝永噴火の際にマグマの突き上げによって古い地層(古富士火山の一部)が隆起したもの、と解釈されてきました。しかし、最近異なる説が出されています。

宝永山は、宝永噴火の際の堆積物の一部と考えられるというのです。宝永山の山頂近くの赤岩に露出する凝灰角礫岩は、宝永噴火の噴出物であるスコリア(黒っぽく穴が多くて軽い噴出物)に側方へ移り変わる関係(指交関係)であることがわかり、従来考えられていた不整合は見当たらないようです。また、この凝灰角礫岩は、高温のため周囲を焼いた火山弾・火山礫を含むとされています。このように新たな説が出され、現在でも宝永噴火について研究が進められているのです。

宝永山が宝永噴火の際に噴出した堆積物の一部であることを述べた最近の論文や要旨には、以下のものがあります。

1707年富士山宝永噴火の火口と推移についての新たな作業仮説 小山真人 日本地球惑星科学連合2019年大会要旨

近接空撮画像と航空レーザー計測点群を用いた富士山1707年宝永噴火の火口近傍堆積物の層序と形成過程 小山真人 富士山学3号 2023年

富士火山,宝永山の形成史 馬場章ほか 火山第67巻 2022年

宝永噴火がもたらしたもの 馬場章 富士山学3号 2023年

山頂側の火口壁では、古い時代の溶岩流の積み重なりと、それらを縦に貫く岩脈群を見ることができます。岩脈は、地表に出ようとして地下の割れ目を通過中に、そのままの形で冷え固まったマグマです。

写真は六種類ありますが、1番上の写真は東海道新幹線の車窓から撮った富士山で、富士山に向かって右肩に少し凹みがあるのが宝永火口です。宝永火口(第一宝永火口)を火口縁から撮ってパノラマにしたものが2番目の写真で、1番上の写真の宝永火口を近づいて見た感じになります。3枚目の写真は第一宝永火口を、4枚目の写真は宝永山を撮ったものです。5枚目の写真は第一宝永火口壁の山頂側を撮ったもので、岩脈群などがわかります。1番下の写真は第一宝永火口底から第一火口から宝永山にかけて撮ったもので、3枚の写真をくっつけてパノラマにしたものです。3、4、5枚目の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。







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