県外編 その30 数鹿流(すがる)崩之碑展望所(斜面崩壊地、数鹿流崩れの碑、旧阿蘇大橋の橋桁、数鹿流ヶ滝) :熊本県阿蘇郡南阿蘇村立野
2016年4月14日21時26分にM6.5の地震、16日1時25分にM7.3の地震が発生し、平成28年熊本地震と名付けられました。被害はいろいろありましたが、その中でも大きく報道された被害の1つが、16日未明に起きた阿蘇大橋の崩落でした。ホームページによると、阿蘇大橋の崩落の原因は以下のようです。当初近くで発生した斜面崩壊に巻き込まれたことが原因とされていました。しかし、後の調査によって、橋の直下の断層が動いたことで、地盤がずれ、橋を圧縮する力がかかってしまい、その結果崩落したことがわかったようです。
斜面崩壊が起きた場所、および阿蘇大橋の崩落場所がここです。熊本地震で最大級の斜面崩壊となったこの場所に、自然災害伝承碑「数鹿流崩之碑」が設置されました。この場所からは、崩落した阿蘇大橋の橋桁が見えます。震災遺構として、震災当時のまま橋桁が残されています。また、数鹿流崩之碑から歩行者通路を進むと、落差が約60mの数鹿流ヶ滝が見える展望所に着きます。
数鹿流ヶ滝については、「熊本の地形を読み解く、横山勝三著、熊日出版、2022」にでき方などが書かれてあるので、参考にして以下に書きます。滝はずっと現在の位置にあるものだと思われがちですが、過去のある時期に現在の滝の位置よりは下流側のある場所で生成し、その後、川による浸食のため、徐々に上流の現在の場所まで移動した(後退した)ものが多いです。数鹿流ヶ滝も生成した場所からかなり後退した滝だと考えられています。数鹿流ヶ滝は、約3万年前に噴出したと考えられている安山岩の溶岩流(赤瀬溶岩)の上を流れています。赤瀬溶岩が噴出した約3万年前、溶岩流の先端部に段差が生じ、その段差が滝となったと考えられます。その滝が後退し続け、現在の数鹿流ヶ滝の位置になったと考えられているのです。数鹿流ヶ滝は黒川沿いの滝ですが、その約1.8km下流には白川との合流部があり、その合流部の約2.8km下流部まで溶岩流は埋めています。だから、約3万年かかって約4.6km(1.8km+2.8km)分だけ滝が後退したと考えられるのです。
写真は六種類ありますが、一番上と二番目の写真は平成28年熊本地震による斜面崩壊の跡を撮ったもので、地面が出ている部分が斜面崩壊した場所です。一番上の写真はパノラマで、二番目の写真は崩壊した部分を中心に撮りました。三番目の写真は自然災害伝承碑「数鹿流崩之碑」を撮ったものです。四番目と五番目の写真は阿蘇大橋の崩落場所を撮ったもので、現在も震災遺構として、あえて橋桁を取り壊さず、震災当時のまま残しています。一番下の写真は数鹿流ヶ滝を撮ったものです。二番目、三番目、五番目、一番下の写真は同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の下の白丸または黒丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。






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